幸せの音~深夜に落ちる小さな砂袋の音~
我が家はメゾネットなのでマンションだが2フロアある。
下のフロアにベビーベッドがあり、夫婦のどちらかが下で添い寝をし(隣にソファーベッドがあるのでそこで寝る)、上のフロア(寝室)ではどちらかが寝だめをして体力を回復させるという分担となっている。
私は原稿仕事なので、子どもの寝静まった時間を利用して原稿を書いていることが多い。相方には上のフロアの広々としたベッドで休んでもらうことができるし、仕事に疲れたときにはちょっと席を立って子どもの寝顔を眺めることもできる。なかなか悪くない話だ。
いつものように、夜の静かな部屋で仕事をしていたある日のこと。
ときどき「どさっ」という音がすることに気がついた。
イメージとしては砂袋を数十センチくらいの高さから落としたような音。
音のする方向はベビーベッドのあるあたりだ。
親になれば誰でもそうだが、子どもとその周辺で異音や異常がないかとても敏感になる。そのときの自分もあわててベッドサイドまで行ってみたが特におかしなところは見当たらない。ベッド周囲にあるおもちゃなどが落ちたのではと思っていたのだが違うようだ。
おかしいなと思いつつ、仕事に戻るとまたしばらくして、「どさっ」と軽い砂袋を落とす音がする。やはりベビーベッドのマットレスに何かが落ちた音だ。
仕事を中断して、しばらく子どもを見守ることにすると、寝ている子どもが足を上げてしばらくキープした後、力が抜けてどさっとマットレスを叩いた音だということがわかった。
なるほど、砂袋の正体はこれだったのか。
ちょっと前まで子どもが寝ているあいだに足が浮き上がることはなかったわけで、子どもが一歩成長した証がこの「砂袋の音」ともいえる。
ちょっと前の子どもができなかったことを今するようになって、今できなかったことを将来の子どもがするようになった。少しずつステップアップを繰り返し、寝返りをし、這うようになり、自分の足で歩き出す。
そう考えるとこの砂袋の音は幸せの音のような感じがしてきた。
その後何時間かのあいだ、子どもの見守りを相方とバトンタッチするまで、何度か砂袋が落ちた。もう、最初のときのように、驚きいぶかしむことはない。心地よい音だと感じつつ、原稿を書いていた。
実際には存在しない小さな砂袋が、ねじ巻き式の機械で巻き上げられては、どさっと落ちるシーンを想像しながら。